東京地方裁判所 昭和38年(ワ)5930号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕原告は被告三栄機械金属株式会社にたいする債権者であり、被告石崎正一は右被告会社の代表取締役である。被告石崎は右被告会社の業務一切を執行してきたが、昭和三七年六月ころから訴外三正製作所にたいし融通手形(約束手形)を振出してきたが、その合計額は昭和三八年六月一五日当時約金二〇〇〇万円に達し、そのころ三正製作所が倒産して満期同月一五日の被告会社振出の融通手形の決済資金を被告会社に提出することができなくなり、被告会社もまた右手形を決済する能力がなかつたので同月一七日これを不渡にすることを余儀なくされ、銀行取引は停止され、被告会社の一切の支払を停止した。そのため原告の被告会社にたいする前記売掛代金および約束手形金の回収は不能となり、結局二、一六八、〇三三円相当の損害をこうむつた。以上のことは被告会社の代表取締役の地位にある被告石崎がその職務の執行を悪意もしくは重大な過失によつて懈怠し、そのためには被告会社をして前記売買代金及び手形金債務の支払を不能ならしめたことにほかならないから、原告は商法第二六六条の三により被告石崎にたいし損害の賠償を求めると主張し、なお石崎の過失の内容としてつぎのとおり主張した。
被告会社の営業目的からみて第三者のため融通手形を振出することは代表取締役の職務執行上十分慎しむべき事柄にぞくし、かりに止むをえず融通手形を振出さなければならないときには、被融通者の経済能力を十分調査し各融通手形の満期における被融通者の決済能力が存在すると信じうる場合のみ振出すべきであり、さらにその振出の限度額は万一被融通者において手形を決済しえない事態が発生した場合振出人たる被告会社がこれを決済しうるに足る資金準備の及ぶ範囲内にとどめるべきであつたのに、被告石崎はこれらの調査を怠り漫然融通手形を振出し続け、月間取引高二〇〇万円にすぎない被告会社の資金準備を遙かに超える合計約二〇〇〇万円に達する約束手形を振出した点にある、とかように述べた。
被告石崎は故意または重過失の点を否認しつぎのとおり述べた。商事会社が資金繰りの便法として取引関係において融通手形を振出して金融をしていることは商慣習であり、被告石崎は訴外三正製作所から融通手形と同額の見返手形をその都度受領して融通手形を振出し、融通手形は訴外会社において決済すべき旨の特約を結んでいたもので、同訴外会社はこれまで順調に手形の決済をしてきたので被告石崎は訴外会社に絶対の信頼をおき、被告会社振出の融通手形が不渡となるような事態は起りえないと考えていた。これは石崎のみならず何人も商事会社の代表取締役としてこのような立場に立てば同様の確信を抱くに至るもので被告石崎には過失はない。
判決は原告の主張を容れ、被告石崎の融通手形振出行為は重大な過失があると判断し、つぎのとおり説明している。
〔判決理由〕被告会社の前記融通手形の振出行為が、代表取締役たる被告石崎の「その職務を行なうについて悪意または重大なる過失ありたるとき」に該るかどうかについて考える。
(1) 株式会社の取締役ないし代表取締役は、その業務の執行を善良な管理者の注意をもつてなさなければならないことは勿論、さらにその業務を能うかぎり会社の利益になるように執行すべきであるという忠実義務を負わされている(商法第二五四条第三項、民法第六四四条、商法第二五四条ノ二)。従つて、取締役(代表取表役も含む)は、会社の営業上多大の必要性がある場合のほかは他人の資金調達のためにのみなされる融通手形の振出をすべきではなく、必要上やむをえず振出さなければならないときは、相手方たる被融通者が融通手形の満期に当該手形を決済しうる能力があるかないかを、相手方の企業経営能力および財産的能力の両面について充分の調査をとげたうえでそうしなければならない。のみならず、相手方が客観的に充分な決済能力を有していたとしても、当該融通手形の決済を敢えてなさない場合には、当然振出人たる会社が当該手形の支払義務を履行しなければならない立場に立たされるのであるから、その振出すべき融通手形の総額は、自己の会社がこれを決済しうるに足りる資金的準備をなしうる範囲内にとどめるべきものである。もし、取締役が以上のような配慮を怠つて右のような融通手形を振出すときは、満期に当該手形を不渡にするの余儀なきに至ることは必定であり、その会社の銀行取引を停止され、もつて当該企業体を倒産自壊させるに至るであろうことは明らかなことだからである。
(2) これを本件についてみるに、証人粕谷辰蔵、同安藤玄徳の各証言および被告石崎正一本人尋問の結果を総合すると、おおむねつぎの各事実を認めることができる。
(イ) 被告会社は昭和三四年頃東芝電器株式会社から協力工場の指定を受け、その際被告会社は機械の製作を営業内容とする訴外株式会社三正製作所をその専属工場として紹介した。その後被告会社は右三正製作所に若干の機械製作を請負わせたことがあつたが、主として三正製作所を被告会社の専属工場にしたということのみから、特にこれという必要性もないのに同製作所の求めに応じて昭和三四年頃から継続的に融通手形を振出し始めた。
(ロ) 被告石崎は、右訴外株式会社三正製作所に対し被告会社の融通手形を振出すに当つて右訴外会社が当時活発に操業していたことおよびその工場には約一〇〇〇台の工作機械が備えつけられていたことならびに同訴外会社と被告会社との間に、融通手形の決済資金は同訴外会社において満期までに被告会社に提供するとの特約が結ばれていたことの三点から、同訴外会社の手形決済意思および能力を信用し、ほかに同訴外会社の資産や経営者の企業経営能力等について何ら具体的客観的な調査をしなかつた。そうして、昭和三八年の初め頃から、右訴外会社の求める融通手形金額が増大し出したので、不審に思つた被告石崎が前記機械について調査したところ、右機械にはすでに第三者の債権を担保するため担保権が設定されており、また工場等の建物は同訴外会社の所有に属していなかつたことが判明した。それにもかかわらず、被告石崎はその後もなお漫然と融通手形を振出し続けた。
(ハ) 昭和三八年当時被告会社の月商高は一箇月平均金二、〇〇〇、〇〇〇円ないし四、〇〇〇、〇〇〇円にすぎなかつたにもかかわらず、被告会社が右訴外会社に対し振出す融通手形の一箇月平均合計額は金二、〇〇〇、〇〇〇円から金四、〇〇〇、〇〇〇円に近かつた。そうして、同年六月一七日被告会社が倒産した当時右融通手形総計額(未決済分のみ)は金約二〇、〇〇〇、〇〇〇円の多額に達した。被告会社の経理担当係では、当時正常な商取引から生ずる債務を決済するために若干の資金的手当を講じうる余裕はあつたけれども、被融通者たる前記訴外会社が満期の到来した融通手形の決済をすることができない場合被告会社においてその決済ができるよう資金的準備をする意思は全くなかつたし、また右にみたような営業規模からいつてその決済資金を常時継続的に準備をする能力もなかつた。
(二) 従つて、右訴外会社が同年六月一五日に満期の到来した融通手形(その額面合計額は金五〇〇、〇〇〇円ないし六〇〇、〇〇〇円)の決済資金を提供できなくなるや、被告会社は右手形を不渡にするのやむなきに至り、ために銀行取引を停止されて倒産し、一切の支払を停止せざるをえないという破局に追い込まれた(この事実は当事者間に争がない)。このような各事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。そうして、以上の各事実を考え合わせると、被告石崎は被告会社の融通手形を振出す動機目的、相手方たる被融通者の手形決済能力に関する調査の施行および未決済融通手形の振出高の各点において、代表取締役に対し、前示善管注意義務および忠実義務が要請する適正な職務の執行に悖り、その職務の執行について懈怠があつたものといわなければならない。しかして、右職務執行の懈怠について悪意があつたものと認めさせる証拠は乏しいけれども、前記(イ)ないし(ロ)の各事実に注目すれば、右懈怠について存する過失の程度は重大であるというべきである。(逢坂修造)